臨床心理研究科 > 学生・修了生からのメッセージ > 江夏 亮 准教授 と 明石 郁生さん
臨床家が教えなくては、生身の人の悩みを受けとめられる臨床家は育てられない。
2011年 大学&大学院.net (株)リクルート
 特集 編集部のスペシャルレポートより


臨床心理の専門家を育てるために、臨床家が教える大学院をつくる。 革新的な教育機関として創立された米国の大学院 CSPP(California School of Professional Psychology)の 臨床心理学修士プログラムが2002年に東京で開講された。 心理療法の先進国である米国で臨床の教育を受けた日米の教員陣が、 臨床家育成のために独自の教育を行っている。
ケイ線
江夏  亮
江夏 亮

准教授 臨床実習ディレクター
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突然だが、少し想像してみて欲しい。
  • あなたは心理療法のカウンセラーとしてクライアントと面談をしている。
  • 彼女は職場でパワーハラスメントを受けたことがきっかけで、うつ症状が出始めているようだ。
  • 物事全般に悲観的になっているのがわかり、人生に絶望し死ぬことを考えることもある、と言っている。
  • はたして彼女に対して自分は何ができるのだろうか。
生身の人の悩みと向き合う臨床家は臨床家が育てるべきだ
「心理療法の臨床の現場とは、生身の人間を相手にその苦しみや悩みに直面すること」なのだと、アライアント国際大学/カリフォルニア臨床心理大学院の准教授である江夏先生は取材に応えてくれた。江夏先生は「江夏 心の健康相談室」を主宰している臨床家でもある。1969年に創立された米国本校CSPP(California School of Professional Psychology)は、精神医学から独立して臨床心理学を研究し、サイコセラピーやカウンセリングを行う心理臨床家を育成するための高等教育機関。1960年代というまさに激動していた米国では、特にベトナム戦争帰還兵へのサポートとしてカウンセリングの必要性が高まるなど時代の要請でもあった。その後、心理臨床家を育てるCSPPのカリキュラムはモデルケースとして全米の多数の大学院で採用されているほどに高い評価を受けている。その東京サテライトキャンパスとして2002年に開講した臨床心理学修士日本プログラムも臨床心理の専門職を育てるという志から生まれた。
「日本でも、いじめ、自殺、ひきこもり、家庭内暴力など、家族と子どもたちが抱える様々な問題に対処できる臨床心理の専門家が求められるようになりました。臨床経験の少ない人が、生身の人間の切実な悩みと向き合う臨床現場に放り込まれるのは大変なことです。40年に渡ってCSPPが求めてきたクライアントにカウンセリングや心理療法を行うという臨床と、学問として行う臨床心理学の研究を双方で活かし合い統合していく努力は、同様に日本でも進んできていると思います。日本の一臨床家として、学問的にもメンタルヘルスのコミュニティとしても心理療法家を育てる環境が整っている米国に、CSPPという研究者と臨床家が並んで教える大学院があり、大きな成果を上げているという事実は私に大きな希望を与えてくれています」。
生身の人の悩みと向き合う臨床家は臨床家が育てるべきだ
全体の3分の1がオンライン、3分の2は週末のスクーリングというカリキュラムの理由
日本での開講にあたって、カリフォルニア臨床心理大学院はフルタイムの通学型大学院ではなく、オンライン型の授業と対面で行うスクーリングを組み合わせた大学院というスタイルを選択した。これはなぜだったのか?
「当時CSPP開講を待ち望んでいる方々が全国にいました。すでに臨床の現場でがんばっている方も多かった。ほとんどの方は社会人でした。また臨床家として現場へ出ることを考えると、ある程度社会経験がないと難しいという現実もあります。そうした理由からオンラインとスクーリングを組み合わせ、質を落とさずに社会人が学べるという新しい仕組みの導入に至ったのでした」。
実際にカリフォルニア臨床心理大学院のカリキュラムを見ると、オンラインでの授業は約3分の1、残りの3分の2は、月に1回週末を中心に開かれるスクーリングだ。
「人と向き合うのが臨床家の仕事です。他者の存在を体感しながら学べる対面でのスクーリングと、知識を吸収し整理すると同時に、コンピューターの文字に反映する様々な感情も理解するようなオンラインと、絶妙なコンビネーションで学べるプログラムになっています」と江夏先生は言う。
全体の3分の1がオンライン、3分の2は週末のスクーリングというカリキュラムの理由
ディスカッションのオンラインとロールプレイングのスクーリング
オンライン科目といっても、その内容と進め方はかなり特徴的だ。学生たちはMoodleという掲示板機能のeラーニングプラットフォームを使い、教授から出された課題に対してのディスカッションとレポートの提出を行う。課題は毎週出されるのだが、学生はこの課題に対する自分の意見のスレッドをMoodle上に一人ひとつずつ立てる。そのスレッドのテーマについてお互いに意見を出し、自分のスレッドについた見解に返信するということを繰り返しながらディスカッションは進んでいく。学生たちは様々な意見と出会い、その意見と向き合いながらさらに文献にあたるなどして、意見を再構築していく。コンピューターのスクリーンとにらめっこする過程で、学生は予想外の自分との出会いも経験し、それが心理臨床の学びに深く関わっていくことにもなる。
一方、対面で行われるスクーリングは、講義やディスカッションもあれば、学生がカウンセラーとクライアント役になって行われるロールプレイも積極的に活用されている。
「臨床家にとって、人を相手にトレーニングする機会は多ければ多いほどいい。対面授業では繰り返しロールプレイを行うことで、カウンセラーの役割とクライアントの気持ちの両方を感じ取りながら学んでいきます」。さまざまなテーマと設定で行われるロールプレイやディスカッションを通して各人の思考やバックグラウンドがわかっている分だけ、かなり密度の濃いものになっているという。
こうした2年間を経て、3年次にはカリフォルニア臨床心理大学院の大きな特徴のひとつである『臨床心理実習』を行うことになる。
ディスカッションのオンラインとロールプレイングのスクーリング
実際にカウンセリングを行う320時間の臨床心理実習
「『臨床心理実習』に私たちは非常に力を入れています。学生は3年次の10ヶ月間を使って、在住地域での320時間におよぶ臨床実習を行います。各地の専門家の協力を得て実際にクライアントにカウンセリングを行い、その結果について教員や指導していただいている臨床の先生から週1時間のスーパービジョン(熟練指導者からの臨床指導)をみっちり受けることになります。単なる見学ではなく、実際にクライアントと関わりカウンセラーとして接するこの経験で、学生たちはこれまで学んできた理論やロールプレイの本当の意味を理解することになります」。
江夏先生は、カリフォルニア臨床心理大学院のカリキュラムは、この臨床心理実習を中心に組まれていると言っても過言ではないと言う。
「この臨床心理実習のやり方は、学生たちにとっても、教員にとっても負担が大きいやり方ですが、臨床家になるためにはどうしても欠かせないステップです。うちのカリキュラムは、臨床家を育てるという教育にこだわって構造化されています。私たち教員は全員が米国でトレーニングを受けてきた臨床家ですが、そのプロの視点で判断して現場で本当に役立つものを伝える。私たちは開講以来、一貫してこの教育方針を大切にしているのです」。
修了生インタビュー
明石  郁生さん(5期生)
明石 郁生さん(5期生)

マーケティングカウンセラー
心理カウンセラー
明石さんが入学したきっかけは何でしたか?
私はもともとマーケティングのコンサルタントを仕事にしています。最初は仕事のメニューを一つ増やしたいという軽い気持ちからでした。事業に邁進するあまり、家族や愛情面、自身の豊かさについて悩みを抱える経営者に直面することが多く、カウンセリングもできるコンサルタントというのを武器にしたいと思ったんですね。しかし、勉強を始めると、そんな軽い気持ちはすぐにどこかへ行ってしまいました。
学び始めてどうでしたか?
オンラインの授業でも対面のスクーリングでも、いつも自分は誰なのか、ということを考えさせられることがすごく多い。特に最初の頃はその傾向が強いと思います。カウンセリングを行う者として、この「自分は何者なのか」ということに向き合うのはすごく大切なことなんですね。いつも人のために尽くし過ぎて自分がつぶれちゃうことが多かったとか、いつも同じ失敗をしているなぁとか、そういうことに段々気づかされて行く過程で、ある時ポンっとそれが自分の力に変わる瞬間が来る。そんな経験をたくさんしました。
学び始めてどうでしたか?
オンラインでのディスカッションというのはどんな感じですか?
すごく深く考えさせられる授業ですね。例えば、「6歳の発達障害の男の子。小児科医から病気ではなく精神領域に問題を抱えていると判断され、カウンセリングに訪れてきた。あなたはどういう介入を行うか、その理論的な背景を明確にしながら意見を述べなさい」といった課題が毎週出ます。参加している学生は、文献を調べるなどして考えをまとめ、それぞれが自分のスレッドを立てて、そこに意見を書くわけです。クラスメイトたちのスレッドにコメントをつけ、自分のスレッドについてきたコメントにもレスポンスを返していくというやり方で、ディスカッションが進みます。しかし、そうして議論が盛り上がっていく一方で、自分のスレッドでディスカッションがあまり進まなかったり、自分の考えに否定的なコメントばかりに思えるような場面が出てくる。これが最初の試練かも知れませんね。結局そうした場面も、全部そのように「自分」が解釈しているだけという「自分自身」の問題なんですが、そこに気づくまでは大いに戸惑うかもしれません。私もそうでした。オンラインでのディスカッションでも「自分とは何者なのか」ということを考えることになるわけです。
臨床心理実習はどうでしたか?
最初はクライアントに対して、「この人に自分は何ができるか」「何かしてあげたい」「助けてあげたい」ということばかり考えながら面談してしまうんです。心理学系大学院生が陥る『インテリジェンスの罠』です。でも一番悩んでいるのはご本人ですし、何がダメなのかも本人が一番わかっているんです。わかっているけどどうしようもない、というところにパラドックスを抱えているわけです。そんなクライアントに対して正論を言ったり、理論を話したりしても何の意味もありません。クライアントに対峙していくと、これまで学んできた自信とか知識の鎧みたいなモノが、ガラガラと崩れていくのがわかります。私の場合は「この人には力が備わっているんだ」「何かしてあげられるというのは私の傲慢さで、それは彼の(彼女の)力を奪うことにもなる」ということに自分が納得できるまでに、半年かかりました。クライアントの人生について自分は何も知らないのだという無力の姿勢を知る。実は、このことがカウンセラーとしてようやくスタートラインに立ったということなんです。ただ見学するだけの名ばかりの実習では、こうしたことには気づくことなく終わってしまったんでしょうね。
臨床心理実習はどうでしたか?
カリフォルニア臨床心理大学院とはどんな存在でしょうか?
悩み苦しむクライアントに、プロのカウンセラーとしての基本的な姿勢と、心理療法とはどのような機会を開くのかという臨床場面で一番大切で、しかし非常に教えるのが難しいものを私たちに教えてくれるのがカリフォルニア臨床心理大学院だと思っています。また、米国の臨床現場で実践されている理論や事例を学ぶことは、将来なんらかの形で臨床に携わっていきたいと考える学生にとって知的興奮のやまない貴重な体験になると思います。
(2011年「大学&大学院.net」㈱リクルート)
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